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胚移植 -凍結融解胚移植-に掲載
子宮内にとって善い菌 悪い菌
何度も胚移植をしているのに着床しない人の場合、考えられるのは、胚の染色体に問題がある、着床の時期がズレている、そして子宮内環境に問題があるなどのことが原因としてあげられます。この子宮内環境には、ラクトバチルスが大切だということがわかってきました。
ヒトの臓器には、それぞれの場所に適した常在菌があり、なかでも、善玉菌が適材適所で働くことが、私たちの体を健康に保つために重要だと考えられています。たとえば、消化器官である腸に適した善玉菌ではビフィズス菌が有名です。
そして、子宮内に適した善玉菌はラクトバチルス菌です。
こうした常在菌などのまとまりをマイクロバイオームといいます。
これまでは子宮内に存在する菌の量がとても少ないため、無菌と考えられてきましたが、検査技術の向上により、子宮内にも常在菌が存在する事が判明し、マイクロバイオームの乱れと妊娠についての関連がわかってきました。
子宮にとってラクトバチルス菌が90%以上いるのがよい状態で、90%未満だと着床しにくかったり、流産を起こしやすかったりすることもわかっています。
私たちのクリニックでは、体外受精-胚移植において、繰り返し胚移植をしても着床しにくい人に対し、子宮内膜マイクロバイオームの検査(EMMA検査)を行っています。この検査は、同時に慢性子宮内膜炎の検査(ALICE検査)も行って子宮環境を調べることができます。
これまで500人以上に検査を行い、その約50%がマイクロバイオームの乱れのある、ラクトバチルス菌が90%未満の人でした。このうちの約50%がEMMA検査にて悪玉菌が多く存在し、15%程度がALICE検査にて陽性であり、慢性子宮内膜炎の可能性がある事がわかりました。
慢性子宮内膜炎とは?
慢性子宮内膜炎は、細菌感染などをきっかけに子宮内に慢性的な炎症状態が続いている疾患です。慢性的に炎症が持続してしまう背景として善玉菌のラクトバチルス菌の減少が影響している可能性が考えられています。原因となる菌は、個々の環境によって異なり、原因菌に合わせた抗生剤での治療が必要です。そのため、EMMA検査とALICE検査により、子宮内に存在する菌を調べ、ラクトバチルス菌の定着を妨げる原因菌を調べます。治療は、原因菌に合わせて抗生剤を使用しますが、第一選択薬で約60~70%の人が治療でき、第二選択薬、第三選択薬と薬を変えて治療することで改善に向かう人もいます。
その後、腟用カプセル剤でラクトバチルスを補い子宮内環境を整えていきます。
また、EMMA検査とALICE検査の結果から、抗生剤は不要で、ラクトバチルスを腟用カプセルで補うことで子宮内環境を整える事ができる人も多くいます。
子宮内環境が整えられた場合、私たちのクリニックでは、これまで複数回移植をしても妊娠継続に至らなかった患者さんでも初回の胚移植で35%が妊娠継続し、2回目の胚移植では55%が妊娠継続しています。この結果からも、子宮内環境を整えることは、大変重要なことだと考えています。
ラクトバチルスの役割は?
子宮内での機能として、ラクトバチルス菌は、免疫に関与する物質の産生や活性のコントロールなども行っています。
明確な根拠は得られていませんが、免疫環境を整える面でも着床や妊娠維持に関与している可能性が考えられています。着床する際に、半分は自分ですが、半分は他者の遺伝情報から成り立つ受精卵を受け入れるのも、免疫機能が関係しています。これにラクトバチルスが関わっているかもしれません。
よい子宮内環境は、着床する胚にとってもよい環境であるといえます。
子宮内環境と胚の染色体異常
2020年から臨床研究として始まった着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)は、胚の染色体の数を調べ、問題のない胚を移植することで妊娠を目指します。何度も胚移植をしているのに着床しない、流産を繰り返してしまうなどが対象になりますが、それでも約60~70%の妊娠率です。
約30~40%の人がPGT-Aを行っても着床しなかった理由には、着床の窓の問題や免疫の問題が考えられますが、なかでも子宮内環境を整えることで着床する、妊娠継続する割合は多いと実感しています。妊娠は、胚の問題だけでなく、子宮内環境も大切な要素なのです。
妊娠は、胚も大事。でも、子宮内環境も大事!そう考えるに至った理由
私たちが子宮内環境に注目するきっかけとなったのは、ある患者さんA子さんとの出会いからです。
A子さんは30代前半で、海外在住の間に、体外受精-胚移植を繰り返し行ってきました。移植する胚については、PGT-Aを行い、染色体に問題のない胚であったにも関わらず、3回移植した結果、一度も子宮内に着床せず、子宮外妊娠になったという経験をされてきました。
帰国したA子さんは、私たちのクリニックを受診されて、これまでの治療経過から子宮内環境を調べる検査をしました。その結果、子宮内にはガードネレラ菌という細菌が90%以上、肝心のラクトバチルスは、ほぼゼロという状態でした。
ガードネレラ菌は、腟でも見つかることがありますが、A子さんの腟からガードネレラ菌は見つかりませんでした。
腟と子宮はつながっているので、腟内の環境に問題がなければ、子宮内環境も問題がないというのが通常なのですが、なかには一致しない人が2割程いることがわかっています。A子さんも、そのタイプでした。
そこで、ガードネレラ菌を抑える抗生剤を服用してもらい、子宮内にラクトバチルスが90%以上となったときに胚を移植し、無事に妊娠することができました。
A子さんの大きな不妊原因は卵巣の問題でもなく、胚の問題でもなく、子宮内環境の問題だったといえるでしょう。
妊娠の要は、卵子の質、胚の質とよくいいますが、PGT-Aを行い、染色体に問題のない胚を移植しても、子宮内環境に問題があれば妊娠は叶わないこともあるのです。この経験から、不妊治療を考えるうえで子宮内環境を検討することは、大変重要なことだと痛感し、EMMA検査やALICE検査に注目するようになりました。
子宮内環境の問題は、体外受精を受ける人に限ったことではないはず
これまで500人以上のEMMA・ALICE検査を実施し、その結果を目の当たりにしてきた今、考えることは、子宮内環境の良い悪いは、なにも体外受精を受ける人にだけ起こっているわけではないだろうということです。
タイミング療法や人工授精を受ける人のなかにも、子宮内環境が良くないことから着床しない、流産をしてしまう人も含まれているのではないかと思います。それが要因となって、タイミング療法や人工授精から体外受精へと治療を変更することになっているのではないか。つまり、原因不明の不妊症のなかには、相当数、子宮内環境の問題が含まれているのではないかと考えています。
EMMA・ALICE検査については、治療法に関わらず、なるべく早い段階から検査を受け、結果に応じて治療を行うことも1つの方法ではないかと思います。ただ、検査費用の負担が増えてしまうので、検査を受けるタイミングについては主治医とよく話し合いましょう。
また、体外受精などの高度生殖医療にて得られた一つひとつの受精卵はとても貴重な卵です。女性が妊娠できる期間は限られていて、年齢が高くなればなるほど難しくなるわけですから、体外受精を受ける年齢の高い人も早い段階からEMMA・ALICE検査を検討されてみてもいいと思います。
子宮内環境を良くする方法
子宮内のラクトバチルスが少なくても、慢性子宮内膜炎であっても、自覚症状はほとんどありません。検査するまでわからない人がほとんどでしょう。
また、子宮内環境の良し悪しは、年齢とは関係がありません。あらゆる世代にあり得ることですから、日常生活ではストレスを溜めず、活性酸素に気を配るなど、一般的なことにはなりますが、日々の生活を心身ともに健康に過ごすことがとても大切です。
また、残念ながら「これをすれば子宮内環境はよくなる!」という方法はありません。不妊治療、体外受精に挑戦中の方は、妊娠の可能性を高めるために、専門医に相談することをおススメします。
それが赤ちゃんを授かるための、新たな一歩となることでしょう。