i-wish ママになりたい
35歳からの不妊治療に掲載
アイジェノミクス Andy Chang(張 博文)さん(以下 Andy)
不妊治療に関する遺伝子検査との出会いは、およそ10年前。生殖医学会で講演するために招待されていたAlan Handysaide博士の着床前診断(PGD)についての発表を聞いたことが、
不妊治療分野を仕事に選んだきっかけでした。講演を聞いて、私は、これまで学んできた遺伝子、バイオのことを活かし、
仕事を通して妊娠率の向上と不妊に悩む患者さんのためにできることをしたいと考えはじめるようになりました。日本では体外受精の治療周期が世界一多いといわれていますが、
妊娠率は決して高くありません。それは、倫理問題から、着床前診断などの遺伝子・染色体検査ができなかったことも要因の1つではないかと思います。
最近になって、ようやくPGT-A(胚の染色体数を調べる検査)の臨床研究が始まり、私たちアイジェノミクスでも、さまざまな医療機関から検査を依頼されています。
スプツニ子!さんは、なぜ妊活をテーマにお仕事を?
アーティスト/Cradle CEO 尾嵜優美(スプツニ子!)(以下 スプツニ子!)
私の経歴をウィキペディアなどから知って、サイエンス? テクノロジー? アーティスト? 卵子凍結? 妊活? って謎に思っている人も多いと思いますが、私の中では、ちゃんとつながっているんです。
私は、イギリス人の母と日本人の父の間に生まれ、両親とも数学の研究者という理系のファミリーでした。大学では、数学とコンピューターサイエンスを学び、テクノロジーLOVEな大学生活だったんですが、その中で不思議に思っていたことがありました。
テクノロジーって、世界のさまざまなことを変えている。インターネットで地球の裏側の人と友達になったり、ロボットやAIに仕事を任せるようになったり、人が宇宙を旅するようになったり、いろいろなことがテクノロジーによって可能になっているのに「どうして私は、毎月、生理になってるんだろう?」
「なぜ原始時代から妊娠と出産のタイムリミットって、ほとんど変わっていないんだろう」って思ったんです。
それは、女性が社会で活躍している今も変わっていない。けれど社会で女性が活躍すると、結婚や出産のタイミングは遅れてしまいますよね。女性が自分のチャンスや可能性を広げていける時代なのに、そのチャンスを活かせば活かすほど、子どもを持つタイミングが遅れていってしまうのが今なんです。
女性が活躍するのは悪いことじゃないのに、出産のタイムリミットが女性たちにずっと降りかかる。「こんなにテクノロジーが発達してるのに、なぜ?」と思いました。これまでのテクノロジーやサイエンスが男性中心で、女性のための課題解決に使われてこなかったことも、理由の1つだろうなって…。
Andy 男性中心って、たとえば?
スプツニ子! いい例は、低用量ピルとバイアグラです。日本の低用量ピルの承認は1999年、議論が始まってから承認までに約40年と長い時間がかかりました。 国連加盟国では北朝鮮と日本だけが承認されていなかったんです。逆に海外で100例以上の死亡例があったにも関わらず6カ月というスピードで承認されたのがバイアグラです。しかも、ピルより前に! そんなに、おじさま達は使いたかったのか! と思いますよね。(笑)ピルは、生理をコントロールする、生理痛を軽くするなど、避妊だけが目的ではなく、 女性が生きていくための大事な選択肢の1つ、重要なサイエンスなんです。
Andy そうですね。確かに。
スプツニ子!
女性はもっと自由に、生き生きと自分の生活を送っていいと思うんです。特にアジアの女性には、「女性はこうあるべき!」とか「早く結婚しないと!」「早く子ども産まないと!」って、いろいろなハードルやプレッシャーがあるんですよね。
それには、男性の考え方を変えることも大切です。でないと、またピルの承認に40年もかかったことが繰り返されてしまうんじゃないかな。
以前、同僚の男性が「うちの連れが、今、妊娠8カ月でさぁ」って気楽に話している姿を見て、「他人事だなぁ」と思ったんです。女性が妊娠して、さまざまな制約を受ける生活なのに、「妊娠と出産は奥さん任せ」みたいに話していて。
以前、アーティストとして表現したものの中に「生理マシーン、タカシの場合」があって、男性も生理を体験できたらいいんじゃない? そうしたら、生理痛の辛さや、ピルなどの大切さがわかってくれるんじゃないのかなって思ったんです。
そうした女性の生き方や未来、ジェンダー・バイアスへの考えなどをアーティストとして表現してきたんですけど、その枠の外でやりたいと思い始めたんです。さまざまな人のお知恵を借りて、助けていただきながら、卵子凍結に関するサービス、会社が福利厚生として不妊治療を支援するためのプラットホームづくりやセミナーを行う会社を立ち上げ、2020年の秋からサービスを開始する予定です。
こうしたサービスや支援が充実することで女性のリーダーが増えていけばいいなと思っています。
私自身も、今、26個の卵子を凍結しています。卵子を凍結することで、バックアップができて、気持ちが軽く、前向きになりました。もちろん、卵子凍結しているから大丈夫! ではないことはわかっていますが、パートナーができて、子どもがほしいけど、なかなかできないと思った時には保険にもなります。
女性が輝く社会をつくりたい。カルチャーをつくりたい! そう、思っています。
Andy
カルチャーを変えていく。カルチャーをつくりたいというのは、私も同じです。
私は、PGDの講演を聞いてから、妊娠率の向上と不妊に悩む患者さんのためにPGT-Aを!と考えていました。でも、アイジェノミクスに入ってから不妊治療に役に立つ遺伝子検査はPGT-Aだけではないことがわかりました。
例えば移植の最適なタイミングを見つけるERA検査、子宮内の微生物環境を調べるEMMA/ALICE検査、そして最近では、胚培養液に放出されたDNAの染色体を調べる非侵襲性のPGT-A検査(EMBRACE検査)などを弊社がオリジナルに開発してきました。
このような研究開発のカルチャーを作ったので、他社も似たような検査を出すようになりました。現在、新しい検査を開発する度に世界規模の多施設臨床研究を行うのは弊社だけですが、
似たようなサービスを提供する他社にもこのような有効性の検証を行ってもらうカルチャーを作りたいです。
それから、患者さん達とつながることも大切だと考えています。
スプツニ子! 患者さんとつながるとは?
Andy 普通の検査会社は、医者とつながるだけです。でも、私たちは、患者さんの傍で、寄り添うことが大切だと考えて、妊活ラジオを通して弊社の検査のことだけでなく、不妊治療や妊娠を取り巻くことを話したり、雑誌で情報提供したり、患者さんから直接ご相談をいただいたりすることもあります。
スプツニ子! どんなご相談があるんですか?
Andy
検査を受けた方がいいですか? とか、こういう検査結果が出たんですけど、どう考えたらいいですか? などです。治療を選択する時に、患者さん自身が正しい情報を持っていることは重要で、
そのサポートができるようにと思っています。ご相談いただいた方から、妊娠しましたとか出産しましたというお手紙やメールが届くことがあるんですよ。
中には、赤ちゃんの写真を一緒に送ってくださる方もいて、それがとても嬉しく、励みになっています。
またラボは患者さんの近くにあるべきと考えて、準備しています。患者さんにとって、検査に時間がかかるのもストレスになると思い、台湾、中国、韓国、ベトナムと、
順次進めていく予定です。
スプツニ子!
患者さんのために! って、とてもステキです。
女性は、自分が仕事をしているのに、結婚や出産で中断しなくちゃならなくて、それが自分にどんな影響を与えるのか、怖いと思ったり、生活が変わるということに、男性以上にドキドキが多いのかもしれないです。赤ちゃんがほしい! 今、すぐ! と思っても、結婚も出産もすぐにできるわけじゃないし。
男性のサポートは、家事育児かな。
会社のサポートは、働きやすさ。社会のサポートは、保育園にスムースに入れることだったり、行政の支援。
不妊治療のサポートは、治療を受けやすい環境にすること。
女性には、いろいろなサポートが必要だけど、足りていない。
女性が不安にならず、悩まないで子どもが持てるようになればいいなと思っています。
仕事か? 出産か? どっちかしかないって思わないでいい社会をつくりたいです。
Andy
それは、私もそう思います。
女性が、赤ちゃんを産みたい! って思えるような社会になればいいと思っています。
今日は、お話ができて、とても楽しかったです。ありがとうございました。
スプツニ子! こちらこそ、ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いたします。
英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。
RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた作品を制作。2013年にマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教に就任。
現在は東京藝術大学デザイン科准教授。
2020年、卵子凍結サービスを提供する株式会社Cradle を設立。著書に「はみだす力」。